医師との付き合い方

もうあの先生から引き出せることはないのではないか、というのが友人の意見だった。
術後の仕上がりが思わしくなく、何度か手紙まで書いて苦境を訴えたけれど、明快な答えは返ってこなかった。

昨日はその執刀医の診察予約が入っていた。
多忙な医師の限られた診療時間内に、質問事項を要領よく聞きたださねばならない。
医師の専門分野、プライドを考慮しつつ、精神的なことは除外して、手術内容を今一度確かめてみたかった。
もう終わったことだけれど、これからのリハビリやQOL(生活の質)を考えると、正確な手術内容の把握は必須だった。遅ればせではあるけれど。

前回の手術があまりにも順調にいったこともあり、手術は成功するものと、どこかで信じていた。
不安を感じていたのは実は医師の方だった。

病棟で再手術の日を待っていたある日、時々巡回してくる薬剤師が駆け込んできて
〇〇さんの手術、上の先生が入ってくれるそうだから、大丈夫ですよ。
と言う。
患者は何のことかよく分からない。
上の先生とは?
病棟では患者にとって意味不明の言葉が時に交わされる。
当方は心身ともに相当弱っているので、余計なことは考えたくない。
もう、まな板の鯉がどうこうしようと、事態は変わらない。
すでに賽は投げられたのだ、という諦めの境地にある。

面倒を避けたがる楽天家。
あとになって、術前にもう少し執刀医との意思疎通が必要だったと反省した。

そして昨日。
手術のタイミングについて、こちらの疑問を先取りして、聞く前に説明があった。
それはもう了解事項のはず。
お互い、納得の上、手術は行われた。
果たしてそうだろうか、という疑念を払しょくする意味で、手術内容の説明があった。
やはり、仕方なかった。
医師の技量は信頼に足るものだった。
他のだれが施術しようと、これ以上の成果は期待できない、とまで思った。

患者はわがままなものだ。
体調の良い時は、先生のおかげ、と感謝し、悪い時には医師や病院を責めることになりかねない。
昨今、不当な口コミ情報が掲載されたとして、グーグルを相手取って医師側から訴訟が起こされた。
医師も傷つくのである。

またレントゲンを撮らしてください、と先生。

半年後の診察予約を入れて、医師の前を辞した。
揺れ動く患者の心。
それを受け止めてくれる医療であって欲しい。

私はまだまだ執刀医のアフターケアに頼りたいのだ。
医師の激励と伴走は、薬以上の薬だ。
半年後の確固とした足取りを頭に描いていた。

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