ミステリーの人間学

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これから一体何を信じて生きていけばよいのだろう・・・?

10代の若者を襲う困惑でも社会人一年生の戸惑いでもない。
これが初老の女の嘆きなのだから、さまにならない。
意地でも生き抜く気構えを示さなければならない時に、青臭い絶望感に取りつかれる。
ほんと!残りの人生に、わずかでも意味を見出そうとすれば、たちまち青年にもどってしまう。

しかしこれはまた贅沢な悩みとも言える。
前途多難な旅路を思う時、個人的死がまだはるか遠くあるものにとって、人生は欺瞞と徒労に満ちた道程だ。
死がやがて、すべてを諦めることによって、究極の救いをもたらすだろう。
老い先の短いものには、運命を受け入れる用意がある(ホントカナ)。

ミステリーあるいは探偵小説の類は、確かに逃避である。
時々刻々と迫る現実から、いっときでも目を遠ざけてくれる。
天災にしろ人災にしろ、この世は人智でははかり知れない不安と恐怖に満ちている。
人間が解決できる事象などたかが知れている、と考えてしまいがちだ。
だが、そう慨嘆ばかりもしていられない。
その時、探偵小説は娯楽と同時に精神衛生上、愉楽と希望を与えてくれる。

「探偵小説は、民主主義国家にしか生まれない」(本文31ページ)
と言われる。
確かにそうだ。
正義が行われて当然だという社会風土がなければ、探偵は存在し得ない。
もつれた糸のような事件も、探偵の緻密な推理によってあざやかに解決されるカタルシス。
頭脳明晰なスーパーヒーローもいれば、市井の目立たぬ一角で、正義とは何かと問い続けるヒーローもいる。
読者はそのいずれにも拍手喝采を送るだろう。

人間この摩訶不思議な存在
人間性こそミステリーだ。
著者は、イギリスの小説家として、そのミステリー性に注目し、まずチャールズ・ディケンズから説き起こしている。
他に、ウィルキー・コリンズ、アーサー・コナン・ドイル、G.K.チェスタトン、アガサ・クリスティ。

未読のものは読んでみたいが、あらすじが述べられているので、ネタバレ必至。
注意を要する。


※ ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む
                    廣野由美子 岩波新書(’09.5)

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