事実と虚構の間 世界推理短編傑作集5

事実は小説より奇なり、というがさらに穿っていうと、事実は小説より冷酷だ、というべきだろう。
事実は悲劇に対して哀悼も捧げない。
ワールドニュースの切り取られた映像からでも十分それが分かる。
フィクションの世界は、最初から嘘と分かっているので罪がない。
推理小説の世界にたとえバイオレンスがさく裂していようと、これは嘘なんだという、作者と読者の間の揺るがぬ了解から、虚構として読者は物語世界に安住することができる。
しかし、この虚構と現実の間に横たわる深淵と、一切の交通を遮断する冷たさとを一体、どのように理解すればよいのだろうか。
本アンソロジーのなかに『十五人の殺人者たち』という短編がある。
「人を殺しても法律上罰せられないという文明社会の特権者、その名を医師という」と解説されているが、推理小説というより、この世の不条理に対して、人間性が表出する場面が描かれ、だれでも思わず頷く好短編になっている。
戦争という大規模な殺戮と、病院の一室でみられる生命救出のためのたたかい。
一方、手術は成功した、しかし患者は死んだという笑えないブラックユーモアをご存じだろうか。
患者が死んだという事実と、成功した手術という虚構。
むろん、努力をしたという医師の弁明が通用しないのはもちろんのことだ。
他に
猜疑心が高じてゆきサスペンスがついに沸騰点に至る、ごく短時間の出来事『危険な連中』。
蘭の花を愛するアームチェアー・ディテクティブの登場する『証拠のかわりに』
エラリー・クイーンに「探偵小説の理論と実践の、ほぼ完璧な手引書」と言わしめた『妖魔の森の家』
・・・etc.etc.
虚構は時に、現実を見る目を覚醒させる。
人生の断面に宿る真実を見逃さない視線によって、世界はどれだけ豊かになったか。
※ 世界推理短編傑作集5 創元推理文庫(’15.1)
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