シュテファン・ツヴァイク著「バルザック」を読む


シュテファン・ツヴァイク著「バルザック」を読む。
マリー・アントワネット、メアリー・ステュアート、ジョセフ・フーシェなどの評伝で有名なシュテファン・ツヴァイク。
読み始めた時は、以前読んだものと文体が異なるような印象を受けた。
手もとに今、他の著作がないので正確なことは言えないが、「バルザック」は非常な饒舌体で書かれている。
歴史上の人物を描く時とは違い、作家が作家を描くには、特別な難しさがあるように思われる。
バルザックは、ツヴァイク畢生のテーマだったのだが、あまりにも巨大過ぎて、捕まえきれない。生前ツヴァイクはそのように語っていたという。
実は、本書は遺作となったもので未完のままに終わっている。
ツヴァイクの死後、膨大な原稿が友人の手に託され、手稿を底本に、困難極まりない校訂を経て、本書のかたちにまとめ上げられたものだ。
編者は、必ずしもツヴァイクの意図したとおりのものではない、と断った上で、ツヴァイクの最後の仕事として満足のゆく作品になったことを明記している。
シュテファン・ツヴァイクはユダヤ系オーストリア人で、ヒトラー政権下に、イギリス、そしてアメリカに亡命し、最後はブラジルで自死という道を選んだ。
草稿をまとめる段階で、編者も第二次大戦による爆撃を受け、転居を余儀なくされた。
たださえ思うに任せない校訂作業が、戦争という非常事態のなかで、果敢に行われたことが想像される。
さて「バルザック」であるが、対女性関係に重点が置かれ、母親への憤懣・憎悪がその後の愛情生活を決定づけたとされる。
途方もない筆力を持った作家が、絶えず借金に追われた結果、さらに多産を促される。
エピキュリアンであると同時にワーカホリック。
ナポレオンが剣で成し遂げようとしたことをバルザックは筆によって試みた。
その天才の評伝となれば、内面深く潜入しなくてはならない。
バルザックが生きて、描き尽くそうとしたパリだけでも再訪したい。
バルザックの尽きせぬ泉のような想像力が到達したパリを歩いてみたいと思う。
悲惨な2度の大戦を経験する前のヨーロッパの風景…
それをリアルに遠望させるのもバルザックなのだ。
※ バルザック 上・下 シュテファン・ツヴァイク 著
中公文庫(’23.11)
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