医療の分業体制に思うこと

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長い間、専門医である某医大の大学教授をかかりつけ医としてきた。
ざっくばらんに話しやすかったこと、そして手術の腕が良いことで、知り合いに紹介されて以来、30年以上のお付き合いになった。
その先生が亡くなられて4年になる。
享年80歳という名医の死は、私にとって大きな痛手だった。

笑いの効用、という持論の持ち主で、林家木久蔵(当時)師匠を招いて、大学病院で落語を催したこともあった。
集まった患者の血液を採取し、落語を聴く前と後でどのように変化するかデータをとる。
結果はストレスホルモンが有意に減じるというものであった。
その理論は多くの医師の著述にも引用されてきた。

今では明るく朗らかに生きることは、免疫力をアップさせ健康長寿につながるという考え方は、ほぼ定着している。
考え悩むことをはなれ、脳内を空っぽにして、リセットすることが大事。
その先生が80という「若さ」で亡くなられた原因は、早くから公表されていた肝臓がんだった。
診察室で患者から容態をお尋ねすると
「まあ、一進一退だな」
と応えておられたが
「先生、がんなんて怖くないですよ。怖いのは認知症ですよ」
と、軽口をたたく私に
「いやいやがんも侮れないよ」と。

2年8か月前に某病院で股関節の手術を受けた私は
医療状況が昔と大きく異なってきていることを感じる。
臓器別専門化の意識は若い医師ほど高い。
専門外のことは、聞けない雰囲気がある。
確かに分業体制は医療技術を進歩させた面もあるだろう。
しかし、患者からすると医師は人を見ないで病巣だけを見ているような感じがする。

清里のポール・ラッシュ記念館の展示室の一隅に
かつての診療所にあったものだろうか。
各科の医師の木彫りの人形が並んでいた。
それぞれ、シニカルなキャプションが付いていた。
外科医には
手術は成功した、だが患者は死んだ
と。

確かにこの分業化、医療機関の役割分担の流れは主流になってきていて
ともすれば医療連携がスムーズにいっていないケースが見受けられる。
亡くなった主治医は
「医は仁術」と
正論をテレもなく主張していた。
メンタルな問題を昔はもっと医療のなかで解決しようとしていたのではないか。
看護と介護は切り離せないし、人間は単なる臓器の集合ではないのだ。


↓終末期を住み慣れた自宅で
と望む高齢者の訪問診療を続けている小堀鴎一郎先生



大きい映像で観たい方はこちらより↓
https://youtu.be/XDKiE417LhI?si=44rIO6mUOyqmC_6f

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