クレーヴの奥方

フランス心理小説の嚆矢とされる本書を一度は読んでおかなくては。
人間は内面などというものを、一体いつからのぞき込むようになったのだろうか…
或いは、いつ発見したのだろうか。
本書は16世紀に材をとって、貴族女性が書いたものだ。
クレーヴの奥方と呼ばれる女性がヒロインである。
年は16~17才。
確か静御前が義経と別れたのもミドルティーンの頃だった。
昔は洋の東西を問わず、今よりずっと早く、女も男も成熟を促されたのだ。
クレーヴの奥方の理性は感情と同じくらい豊かに育っている。
亡母の戒め、夫の愛情を心底より理解して、恋愛感情を抱いて自分に近づく男をついに退ける。
ここで宇治十帖の浮舟が想起される。
二人の男から同時に愛される、という苦悩に慄く点で、クレーヴの奥方と浮舟は立場がよく似ている。
といってもクレーヴ夫人にはすでに正式の夫がいて、夫以外の男を愛する恋の悩みを打ち明ける相手もまた夫なのだ。
その正直さは、恋の行く末を想像して不安視する心と表裏一体を成しているのだ。
それにしても夫があるとはいえ、10代の女性にこれほどの洞察力があることに驚かざるを得ない。
いっときの情熱に身を任せて、軽率な行動をとってしまう方が、しぜんに感じられるからだ。
クレーヴの奥方は夫を愛し、信頼しているからこそ、恋の悩みを訴えることができたのだ。
それにしても、これほど強い克己心を持っているとは!
作者のラファイエット夫人こそ、冷静な判断力と人生を見通す観察眼を養っていたことは確かだ。
人間の意識は時代とともに微妙に変化するが、その心情に大きな違いはないのだとも感じる。
すべては宿命であり、宿命に抗う心もまた人間の身体そのものなのだと思う。
クレーヴの奥方は或いは、恋そのものを恐れていたのかもしれない。
恋というデーモンを…
※ クレーヴの奥方 ラファイエット夫人 著
光文社古典新訳文庫(’16.4)
この記事へのコメント