読書日記 懐かしい本  「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」

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植草甚一の本は学生時代からよく読んでいた。
「ぼくは散歩と雑学が好き」「雨降りだからミステリでも勉強しよう」…etc.
肩の力の抜けたタイトルは暇な学生を大いに誘惑したものだ。

植草甚一が対象とするのは、ミステリ、ジャズ、映画などだが、特にミステリに関しては、膨大な読書量とその選択眼は驚異的だ。
早川書房の出版をセレクトする立場で、新刊書も古本も余人が目をつける前に探し出す。

本書では、朝日カルチャーセンターでの講座の様子がつぶさに記録されていて、J.J氏の語り口が肉声となって聞こえてくるようだ。
膨大な本の世界を地図にして見せてくれる手際に感心するしかない。

本を読む楽しみは、本を見つける楽しみにほかならない。
J.J氏のニューヨークでの本屋漁りのスタイルが、散歩のリズムで活写され、ニューヨークの街並みや本好きの密かな共感、人々の息遣いまでもが身近に感じられる。

特に本書からはミステリの歴史を教えられて、半可通を少々手直しされることになった。
折しも、チャンドラー短編全集1・赤い風の巻頭、チャンドラーの序に感心させられたばかりだ。
探偵小説が文学の高みを目指して悪戦苦闘する作家の姿は、通俗を脱しようとする思いと、何よりも探偵小説への深い愛に貫かれていたからだ。

それでは探偵小説とは一体何だろう。
謎という不思議と解釈という理性。
背反する二つの原理の間で揺れ動く人間性そのものかもしれない。


※ ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう  植草甚一 著  
                     双葉文庫(’97.11)


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ジャンルは違うけれど、稀代の読み手としてJ.J氏と同類の篠田一士の本を手に取ったのは、世界文学の中から島崎藤村の「夜明け前」が選ばれていたからだ。
しかしあとになって、この本がほとんど100ページを「失われた時を求めて」に充てていることを知った。圧巻である。
井上究一郎訳全7巻のうち5巻までしか読んでいない身にとって、10年かけて読破したという篠田一士の言葉にぶつかって唖然とした。
全訳がならない初めの方は日本語訳で、中盤は英訳、最後はフランス語原文で読んだそうだ。


※ 二十世紀の十大小説  篠田一士 著  新潮文庫('00.5)

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