20世紀アメリカ短篇選

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O.ヘンリーの短篇「最後の一葉」を知らない人はいないだろう。

階下の巨大なプランターに植えられたカツラの木が、熱射に炙られたこの夏、次第に枯れてゆくように見えた。
ダイニングのウッドデッキ越しに眺める度に、場所が場所だけに(ここは老人ホームなのだ)、柄にもなくセンチメンタルを発揮したわけでもないのだが
いつの間にか弱りゆく樹木の姿に住人の老いを重ねていたのかもしれない。
いかにも通俗的な見方だと思いながら。

念頭に「最後の一葉」の物語があることは容易に見抜かれてしまうだろう。

晩秋のグリニッジ・ビレッジを背景に、肺炎を患って、生きる意欲を失いかけている若い画家、そして彼女を励まそうと、人生最後にして最高の傑作に筆を振るう老画家がいる。
この道具立てと、貧しさを克服してより高い境地を目指すアメリカがあり、魅了される。

「20世紀アメリカ短篇選」を手に取った最初の動機は、短篇の名手と言われたO.ヘンリーではなく、イーディス・ウォートンの「無垢の時代」だった。
後者は19世紀末のオールド・ニューヨークの上流社会を描いて、女性初のピューリッツァ―賞を受賞している。
ダニエル・デイ・ルイス主演で映画化されているので、ご存じの方も多いだろう。
彼女の短篇「ローマ熱」が本書の上巻に収められている。

「20世紀アメリカ短篇選」は、上巻に第二次世界大戦前の作家たちの作品を、下巻にそれ以降1960年代頃までの作品をほぼ年代順に収めて、文学のテーマとスタイルの変遷とともにアメリカの現代史を走馬灯のように俯瞰することになり
アンソロジー自体が圧巻の長編小説の趣を持つことになった。
上巻にセオドア・ドライサーの短篇が収録されているが、彼の長編「アメリカの悲劇」をこの短編集のタイトルとしたいくらいだ。

貧困、階級や共同体の軛から解放され、富と自由を手に入れると、また別の苦悩が生まれる。
第二次世界大戦後、未曾有の経済的繁栄を誇ったアメリカも、下巻はアイデンティティの喪失、自由の重さが浮上する時代に入ってゆく。
問題はより複雑化し、多様化して今日的な課題を予感させるのだ。
「イデオロギーの終焉」が資本主義の限界と脱成長へと続いていることを、読者は苦い思いで確認することになるだろう。
とはいえ、明快なプロットと凝縮された文学世界は、長編にはない味わいで堪能させる。



※ 20世紀アメリカ短篇選 上・下  大津栄一郎 編訳 岩波文庫('99)

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