読書日記 ラ・ロシュフコー箴言集

美徳は装おわれた悪徳である
この警句から、気難しい批評家を思わない人はいないのではないだろうか。
あまりにも有名な一句は、いうまでもなくラ・ロシュフコーのものだ。
この句を含む「箴言集」を通読してみると、洞察力の深さ、冷徹な観察眼に圧倒される。
ラ・ロシュフコーは17世紀、フランスの王族にも連なる大貴族の名門に生まれる。
武門の家柄であり、数々の戦歴を経た後、文に転じた。
宮廷の権謀術数を潜り抜け、サロンに出入りして、様々な人間模様を眺めてきた人の視線の鋭さは尋常ではない。
読者によってその箴言はいろいろに読まれうる。
箴言の到達する深度は計り知れない。
現実の裏には別の顔が潜み、またそのさらに背後も多重に考察されるように思われる。
賛辞の一方、「あらゆる美徳を打ち砕く」とされた箴言集は、後代ルソーからサルトルまで、数々の批判の的となってきたようだ。
しかしまたそれも箴言の値打ちであろう。
透徹した眼力に耐えうる人間性を獲得する道も全く失われたわけではないのだ。
辛辣で皮肉な言葉の土壌に、自然を重んじ、運命を受け入れる人としての諦念も感じられる。
本書によって、才知を競い、17世紀の洗練を極めたサロンの様子も彷彿される。
やがてプルーストの「失われた時を求めて」の時代がやってくるだろう。
そして、社交の洗練のみで名を遺したスワンが登場する。
「箴言集」なんて辛気臭い、と思わないで読んでみると、豊かな鉱脈を探り当てることになる。
※ ラ・ロシュフコー箴言集 岩波文庫(’89.12)
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