医師への質問状

忙しい医師に受診する際、病状についての質問事項をまとめ、予めメモしておくことが大事だ。
対面してからで十分と思うのは間違いで、意外に聞き落しが多いものだ。

診察予約日の4日前、友人からひとつ提案された。
質問事項を含め今の状態を説明する手紙を送っておいてはどうか、というのである。
事前に知らせておけば、医師からスムーズに答えが引き出せるかもしれない、と。

早速、患者の願い(到達目標)や体調を説明する文書を綴り、速達を投函する。
(診察予約日の前日まで、どうぞ無事先生の手に渡りますように)

患者は、損も得もなく、ただ一途に良くなりたい一心である。
そして、診察の当日
つい最近増設された立体駐車場に入ろうとする長蛇の車列。
玄関前では、車椅子はすべて出払っている、と告げられる。
熱中症など不測の事態もあるだろう。
病院に向かう途中でも救急車3台をやり過ごした。

病院はとにかく忙しいのである。
その忙しさを口実に、いい加減な対応をされてはかなわない、と患者も必死である。
医師にとって患者は多くのうちの一人に過ぎないが、患者にとっては医師だけが救いのかぎである。

以前は、車椅子を降り、歩いて診察室に入ったが、これも友人のアドバイスにより、車椅子に乗ったまま医師の面前に。
手術後まもない頃、歩いてドアを開けた私を見て
「おーっ」と声を上げた執刀医は、今回どう思っただろうか。

人の痛みはわからない。
医師も同じである。
数字や画像の情報は共有できても痛みは伝えられない。
患者の苦痛を実感できれば、医療はもっと変わるだろうと思うことがある。
さらに患者がこれから生きる時間をどう使いたいと考えているか、にまで思いを馳せることができれば、医療の技術的な内容まで変化するに違いない。

高度医療を担う急性期の病院に、患者のメンタル面や人生観に立ち入る余裕がないとしたら、それこそ医療崩壊ではないか。

臓器別分業体制の進む今日の医療でも、軽度の場合は、マニュアル化が可能だし、連携プレーを強化すれば、逆に技術の進歩につながるだろう。
医師の働き方改革に寄与するかもしれない。
しかし、必ずしも連携プレーが上手くいっているようには見えない。
大きな病院ほど横の連携、他科との交流が乏しいように感じられる。

手術からすでに2年4か月が過ぎ、医師の姿勢は完全に守りに入っていると感じられた。
術前は詳細過ぎるほど専門的な説明があったのに…
1回目の手術がうまくいかず再手術が必要となった時は、あろうことか「すみません」の言葉さえ医師の口からもれた。
今更終わったことを問い詰めても、愚痴に過ぎないだろう、と反省するのは患者の方で
医師はより多くの患者のために、過去の失敗から学び、スキルアップを目指している。

気がそがれて、すべての質問に答えてもらっていないことなどどうでもよくなり、診察室を後にした。
(医師に対しては言えないことがある)

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