ファッションの歴史を繙く 「ウィメンズウェア100年史」

51KGOt-OHDL._SX350_BO1,204,203,200_.jpg

 

戦前のパリそして保養地の美しさは格別だったらしい。
風景の美しさに相まって、そこに集う有閑階級のとびきりのおしゃれは、今日のカジュアル一辺倒の大衆社会からすれば、めくるめく異世界であったに違いない。
何度もパリに通い服飾の勉強を重ねた、洋装の草分け、故原のぶ子氏の話である。

本書は20世紀より今日までのファッションの歴史を、写真を主体に、添えられたキャプションによって概観する。
20世紀初頭、ファッションの世界をリードしていたのはパリのクチュール店であり、顧客は、王室・皇室、貴族、ブルジョワ、ファッション界で活躍していた有名人、「美しくあることをなりわいにしていた女性たち」など特権階級に限られていた。
「頭の先からつま先まで衣装に凝るのは、まさしく身分や財力を誇示するための消費にほかならなかった」

日本でも戦後の洋裁ブームはよく知られている。
母たちの世代は、子どもたちの服を作るために、熱心にミシンを踏んでいた。
製図の載った装苑やミセスなどを夢中で読み、母にねだっては作ってもらった。
西武グループの総帥であった堤清二の妹、堤邦子のコラムなどを貪り読み、パリに憧れた。
デザイナーの名前も、ディオールやサンローラン、クレージェあたりからは記憶にあり、バービー人形にはディオールの青い化繊のイブニングドレスを着せて遊んだ。

ヴィクトリア朝の凝った衣装から、ココ・シャネルのコンフォートな装いまで、ヒッピー文化の洗礼を受け、パンクと呼ばれる革命を経た後、衣服はなんでもありの状況に陥っているように見受けられる。
歴史や民族衣装も参照され尽し、あとは過去の素材を好きなように編集する。
最先端のファッションには批評があり、生き方の主張が反映される。
TPOや調和はまるで破られるために存在してきたかのようだ。

「私がこれまでやろうとしてきたこと、そして、おそらくやり遂げたこと、それはずっと昔から存在していたように見える洋服を作ることである。実際のところ、そんな洋服は決して存在していなかった」
生前の三宅一生は、自身のことを「流行のおしゃれをクリエイトするデザイナーではない」と言い
「生活からスタイルを作るのであって、スタイルからスタイルを作るわけではないのだから」
と述べていた。
ヒトと衣服の関係を根源的に考える言葉からは、ロマンティシズムが感じられる。

本書は、庶民の作業着、ユニフォームなどにも言及されており
機能性を重視した衣服から、アヴァンギャルド、有閑階級のための手の込んだ労働集約的な衣服まで通覧すれば
おのずと生産諸関係について考えさせるようになっている。



※ ウィメンズウェア100年史  キャリー・ブラックマン著
                Pヴァイン・ブックス(’12.3)



PA301898.jpg
10/30 ハッピーハロウィン  スタッフが用意してくれた帽子とマントを着け、特別メニューのお料理を頂きました。

PA301900.jpg


PA301901.jpg
前菜は、紫キャベツのコールスロー、キャロットラペ、レディーサラダの酢漬け
メインは、アメリカで盛んになったお祭りなので、ハンバーガー、チキンナゲット、フライドポテトでした。
デザートはかぼちゃの入った「ハロウィンバスクチーズケーキ」

PA301903.jpg
ごちそうさまでした!

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック