マルタの鷹 アンダーステイトメントとは

51oOmmvwQEL._SX336_BO1,204,203,200_ (1).jpg



ハードボイルドミステリ「マルタの鷹」は、秋の夜長に、じっくりと小説を読む楽しさを存分に味わわせてくれる。
著者のダシール・ハメット自身は、自作の中では「ガラスの鍵」を最も気に入っていた、とされている。

「マルタの鷹」は、ハンフリー・ボガード主演、ジョン・ヒューストン監督で映画化されており、あるいはそちらの方でよく知られたのかもしれない。
多くの人が、ダシール・ハメットの傑作として、ハードボイルドの精華として、本作を非常に高く評価している。
ただ一人江戸川乱歩だけが「退屈だった」として感想を述べているが、それも乱歩らしい所感で、分からないわけではない。

本書には表立ったバイオレンスはなく、殺人は起きたあと、婉曲にニュートラルに語られるのみだ。
三人称語りは、私立探偵サム・スペードを客観的に、葛藤にまみれた人間として描いている。

マルタ騎士団にまで歴史を遡る、台風の目である「マルタの鷹」
ゴシックロマン風の道具立てであるにもかかわらず、内容は卑近な争奪戦にみえるところが、乱歩の気に入らないところだったのだろう。

登場人物の会話と表情から、物語の帰趨を推量しながら、読者が事件の真相を組み立てていく過程で、「アンダーステイトメント」の技法が際立ってくる。
心理描写を避けたその技法こそ、ハードボイルドだ。
微に入り細を穿って、心理のひだに分け入ることは、ハードボイルドの美学に反することだろう。
登場人物のうちで、事件の依頼人を含め女がうまく書けていないように思われのだが、それもアンダーステイトメントか。
サム・スペードの秘書であるエフィのみが、私にはとてもリアルに感じられ、好感がもてた。

冒頭の部分で、パートナーが殺されたことを知ったところで、スペードが一見落ち着いて、紙煙草を巻くシーンは秀逸だ。
日常生活で何気なく繰り返される動作、その背後に隠された心理を探るうちに、秋の夜は、深々と更けてゆく・・・

1934年、本作の序文に、ダシール・ハメットは次のように書いている。

サム・スペードにはモデルがいない。私と同じ釜の飯を食った探偵たちの多くがかくありたいと願った男、少なからぬ数の探偵たちが時にうぬぼれてそうあり得たと思いこんだ男、という意味で、スペードは夢想の男(ドリーム・マン)なのである。なぜなら、ここに登場する私立探偵(少なくとも私の十年前の同僚たち)は、シャーロック・ホームズ風の謎々を博識ぶって解こうとはしたがらない。彼は、いかなる状況も身をもってくぐりぬけ、犯罪者であろうと、はたまた依頼人であろうと、かかわりをもった相手に打ち勝つことのできるハードな策士であろうと望んでいる男なのである。



※ マルタの鷹 ダシール・ハメット著 小鷹信光訳 ハヤカワ・ミステリ文庫(’12.9)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック