現代史を読む 「首都復興ならず」「アパレル興亡」

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戦後から今日に至る現代史を、都市計画とアパレル産業の盛衰を通して概観することになった。
前者は「東京復興ならず 文化首都構想の挫折と戦後日本」
スクラップ&ビルドを目まぐるしく繰り返してきた東京の姿を、経済と文化志向の対立軸から検証する。
著者は「おまつりドクトリン」の一語をもって、戦後の復興が、文化よりも経済成長に軸足を移して遂行されてきた経緯を述べている。
空襲による焦土化によって完膚なきまでに叩かれたかに見えた首都が、1964年の東京オリンピックをきっかけに大改造される。
オリンピックという「おまつり」が全国民の意志をひとつにまとめ、戦後、文化をもって世界に伍することを考えた都市計画をいとも易々と葬り去った。
平和国家の象徴ととらえられていた文化は絵にかいた餅としか映らず、経済成長こそ分かりやすい生活の充足に至る道だった。
五輪が金まみれであることは今やだれの目にも明らかだが、当時は敗戦の屈辱をはらす雪辱戦としていかに圧倒的な求心力を持ち得たかよくわかる。
都電が消え、河川や運河が高速道路でふたをされても、利便性にばかり目が行き、失われた風景とかけがえのないコミュニティの意義は軽視された。
多分本当に気づかなかったのだろう。
それが人間そのものを破壊しかねない、今に残る「禍根」であったことを。

東京の一極集中が事ある度に危ぶまれ、首都機能移転が叫ばれても、一向に東京への集中は止まないできた。
コロナにより、グローバリゼーションと都市化の弊害が可視化された今こそ
もう一度文化への回帰が望まれるところだろう。
前世紀であれば風土病の原因に過ぎなかったかもしれないウイルスが世界中にまん延する。
それは人間の傲慢を思い知らせる最後の使者だったのかもしれない。
当面の課題は、こんどこそ地方再生、都市機能の分散化につながるかどうか、であろう。
一極集中によって機能性、効率性を高めてきた側面も無視できない。
方向転換して新たな価値を見出せるか・・・



※  東京復興ならず  吉見俊哉 著  中公新書(’21.6)


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服が売れない。もう服も欲しくない。
という意見をよく聞く。
SDGsの方が気がかりだ。
一度でも断捨離を決行したことがあれば、ものを消費することに半端でない罪悪感が伴う。
焼却される新品の服を思えばなおさらだ。

また服についても対面販売よりはるかにネット通販が隆盛のようだ。
ショーウィンドウを眺め、いつか手に入れようと誘う魅力を服自体が持っていない。
既製服の仕立ては昔の方が良かったし、服作りの行程がもっと複雑だった。

古着を自分らしく着こなすマイヴィンテージ。
服地からていねいにつくられたものには愛着がわく。

本書は有名なメーカーから今やトップに躍り出たユニクロまで、その販売戦略や舞台裏を語るフィクションだが、限りなく実話に近い。
身体を覆う衣服への欲望は「虚栄」ばかりではない。
衣服は着る人を守ってくれる呪術的な作用があるのではないだろうか。


※ アパレル興亡  黒木亮 著  岩波書店(’20.2)


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ちぐはぐな身体  鷲田清一 著  ちくま文庫(’05.1)

哲学的な衣服論を語る鷲田清一。
著者に教えられて最も役に立った情報は、京都駅・八条口から行く料理屋である。

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