過去ある女 ープレイバックー

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レイモンド・チャンドラーには、7作のフィリップ・マーロウものがあるが、本作は小説「プレイバック」に先立ってシナリオとして書かれたものだ。
チャンドラーの小説がそもそも映画的であり、情景や会話が人物描写とともにヴィジュアルに立ち上がってくるのが魅力なのだ。

わざわざ最初からシナリオとして書かれたのはチャンドラー自身が映画化を強く希望していたからだろう。
結局映画化されることなく、10年後に「プレイバック」として小説化された。
「プレイバック」は「大いなる眠り」「さらば愛しき女よ」「長いお別れ」などと比べると世評にいう通り、出来が良い方ではないかもしれない。
しかし、私立探偵フィリップ・マーロウの一人語りである点は変わらない。
あくまでマーロウが主役なのだ。
シナリオの方は、マーロウの役を、殺人課警視ジェフ・キレインと謎の大金持ちクラーク・ブランドンが分かち担うかたちである。
求心的な魅力あふれるヒーローが不在であることに、チャンドリアンは物足りなさを感じるかもしれない。
しかし、一人称視点とカメラ・アイの違いから、チャンドラーの世界をさらに深掘りできる妙味がある。

「生きていかなきゃならない夜がまだいっぱいありすぎる」
本作のヒロイン、ベティが呟く台詞である。
痛切極まりない言葉の背後にどんな過去が隠されているのか。
ベティはマーロウの、ハードボイルドな女の分身とも言える。

「男はタフでなければ生きていけない。優しくなれなければ、生きている資格がない」(生島治郎訳)
この有名な台詞は小説「プレイバック」の中にある。
清水俊二や田中小実昌、村上春樹など、
複数人が訳したチャンドラーの小説だからこそ、訳によって、ヒーローのキャラクターや人間味に違いが出てくるのが面白い。


※ 過去ある女—プレイバック— レイモンド・チャンドラー著 稲垣仲寿訳
                          小学館文庫(’14.4)


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プレイバック  レイモンド・チャンドラー著  村上春樹訳
             ハヤカワ・ミステリ文庫(’18.9)

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