遺言がつなぐもの 「ゴルフ場殺人事件」

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家庭裁判所から遺言があるとの知らせを受けとった。
昨年4月親しい友人を亡くしてから、間もなくのことである。
喪失感も未だ実感されず、隣人として相変わらず心強い存在であり続けているような気がするのだ。
生前の思い出が、ことあるごとに新たなメッセージとなって蘇るのは死者もまた「生きている」証拠である。

妹さんから連絡を頂いたが、親族一同で葬儀が執り行われた後であった。
何事にも行き届いた人であった。
任意団体に過ぎない小さな会のために、少なからぬ寄付を頂いた。

思うようにリハビリの結果が出ないと、ミステリを手にとった。
禍々しい殺人事件満載の推理小説が、答えの出ない、堂々巡りの考えを一掃してくれる。
それは逃避であり、一方精神安定を保つ生活の知恵でもあろう(自己弁護?)。

古典である「ゴルフ場殺人事件」
アガサ・クリスティのポアロシリーズの二作目、デビューから3年後の作品である。
事件の真相をめぐって二転三転.、どんでん返しの典型のようなミステリである。
現実こそフィクションを模倣しているように感じられるのは、さらにその3年後、アガサ自身が謎の失踪事件を起こしているからだ。
ミステリの女王にとって、現実と小説はどのように切り結んでいたのだろうか・・・

そしてこのポワロシリーズは特に相続にからむ事件が多く、階級社会の当時のイギリスを彷彿させずにはおかない。
だが、本作でも金に拮抗する愛の物語が挿入され、読者の心を慰めてくれるのだ。
(因みにアガサ・クリスティはポアロが嫌いだったとか・・・。
人気シリーズは作家に次々と続編を求め、さすがのアガサもうんざりしていたに違いない)

用意周到な理性が、遺された者の空洞に灯りをともしてくれる。
それが愛の名で語られると、とたんに嘘くさくなってしまうのだが、時に理性こそ麗しい感情を導き出してくれるのではないだろうか・・・


※ ゴルフ場殺人事件  アガサ・クリスティー著  田村義進訳
                    ハヤカワ文庫(’11・7)

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