「高い窓」 入院と読書

高い窓.jpg



読みかけの「大いなる眠り」をあわただしく荷物に放り込んだのは、昨年1月入院しようという日だった。
Deathを意味するBig Sleep
縁起でもない、と苦笑いしながらも、難しい手術ではなかったので気にならなかった。

結局、思いがけず約一年という長期の入院生活を送るはめになった。
そして退院した今、同じレイモンド・チャンドラーの「高い窓」を読む。
手術中に複数骨折した私は、転落や交通事故によりクラッシュした身体の痛みが想像できるので、整形外科病棟の廊下を伝って聞こえてくるうめき声や叫びは他人ごとではなかった。

そして「高い窓」という意味深長なタイトル。
もはや推理小説作家として知られ過ぎている作品なので、今さらネタバレもないだろう。
「高い窓」というタイトルの宙吊り状態が読者を不安にさせる。

2か所目の手術がうまくいかず、再手術が決まってからは、全くの無気力に陥った。
活字というものが、現世との軛のように感じられて、鬱陶しかった。
テレビや新聞も見ないで過ごした。
人間は何もしないでも生きていられるのだなあ、とその時つくづく思った。

しかし、ミステリーは偉大だ。
やがてリハビリを開始するようになると、しぜんと本を手に取るようになった。
何かに役立てようとか、仕事のための読書ではなく、純然たる娯楽としてミステリーほど癒してくれるジャンルはないのではないか。
目的を欠いた旅はなぜか人を魅了する。

謎解き、犯人当てなどを好むマニアックな推理小説ファンと違い、ミステリーに文学を期待する向きに、レイモンド・チャンドラーは最適だ。

タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく価値はない。

あまりにも有名なフィリップ・マーロウの台詞だ。

特に優れた人物描写は輪郭が明瞭で、まるで映画を観ているようだ。
その執拗な描写のしつこさには意味がある。
フィリップ・マーロウが繰り出す台詞の気障で、当を得た表現は、何度読んでも感心させられてしまう。
ヒューマニズムの基本が人間感情の共有にあるとすれば
その点で海千山千の私立探偵もすれっからしではないのだ。

正論を吐くには羞恥心が強過ぎる場合、ミステリーの形式を借りられるのは、作者にとっても、さらに読者にとっても、幸福なことに違いない。

楽観的でなければ生きていけない。悲劇を知らなければ生きる資格はない。
ウクライナのニュース報道に目を覆いたくなる時、ひとりごちる私である。


※ 高い窓  レイモンド・チャンドラー著  清水俊二訳
             ハヤカワ・ミステリ文庫(’05.4)

この記事へのコメント

白象
2022年06月05日 16:09
空さま
手術中に複雑骨折された由 色々と辛い思いをされたようですが 読書を再開し少しづつ気力も健康も回復されているようで何よりです。 ご自愛ください。
2022年07月23日 20:10
白象さん、ありがとうございます。
手術中に4か所、術後の不注意で転び上腕を骨折しました。
まだホームの廊下を行ったり来たりのリハビリ生活を続けています。
堂々と?読書三昧できるのは、うれしいかな?

この記事へのトラックバック