大いなる眠り

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よくよく考えて準備したつもりでも、いざ入院となると、とるものもとりあえず、あたふたと病院に駆け込むことになる。
何も用意せずともレンタルで間に合う昨今。
身内の面会さえままならぬのであれば、却って家族を煩わせることもない。
コロナへの警戒から、病院は今までより以上に除菌・衛生に気を遣っている。
一方、医療体制の逼迫から手術が先送りされる事例も少なくない。

不幸中にも幸いなことに、紹介状持参で診察を受けてから、間もない日に手術の日取りが決まった。
整形外科医はとても若くみえた。
にわかに心配になり、次の受診の時に、妹にも診察室に入ってもらった。
「どう思う?」
「自信がありそうだわ」

都立の病院は建て直されてから10年ほど。
手術室は15室。
眺望がよく、3階までの吹き抜け空間が三密とは程遠い、換気の良さを伺わせる。

入院して翌日が手術である。
退屈しのぎに、レイモンド・チャンドラーの「大いなる眠り」を持参した。
大いなる眠り、つまり「死」である。
偶然とはいえ、縁起でもない。

フィリップ・マーローが主役になる第一作である。
女だって、フィリップ・マーローのように生きたいと思う。
組織に属さず、一匹狼でハードボイルドに生きることの不可能性…
それがあまりにも明瞭なので、ヒーローの生きざまは永遠の理想となる。
時に妥協しつつも、誠実を貫こうとするヒーローに憧れるのである。

人間通のチャンドラーの観察眼は、医者という職業についても、シビアな視線を注ぐ。
医者はインターンの時代に人間の秘密を知りすぎているので、人間について興味を失っている、のだそうだ。

執刀医のM先生も、患部だけ見て、まるごとの患者は見えないのかもしれない。
血圧が安定せず、術後降圧剤のせいで、一時血圧が60まで下がった。
看護師の慌てる様子に、あわや「大いなる眠り」が訪れるところだったのかもしれないな、と思った。
死はいつも隣りにある。

運を左右するのは何だろうか…
おかげさまでリハビリも順調に経過し、2週間後には無事退院することができた。


※ 大いなる眠り  レイモンド・チャンドラー著  村上春樹 訳
                早川書房(’14.7)
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ブロードキャスト 港かなえ 著  角川文庫(’21.1)
平日には、1階にあるコンビニが日用品をワゴンにぎっしり積んで、病棟をめぐる。
文庫本も4冊ほど積んでいたので、本書を読んでみた。
高校生の青春小説。昨今の高校生気質がうかがわれる。
テレビドラマやラジオドラマの特徴や書き方を指南してくれる、という余得もある。

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