X氏の繰り言

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年越しそばを食べていると、すぐ前の席のX氏が帰り支度をはじめた。
私は、もくもくと蕎麦をすすり、X氏と目が合わないようにしていた。
というのも、X氏は話好きな上に、その内容が限りなくリフレーンするという「癖」を持っているからだ。
入所者はそれを知って、関わり合いを持ちたがらない。
X氏もその空気を読んで、スタッフ以外にはめったなことでは進んで話しかけようとはしない。

この間、そのX氏が、もう一人の男性入居者であるY氏の前に座って、何気ない談話を試みる姿が見られた。
Y氏の方は、自動車部品の会社を経営する、謹厳実直な技術屋だ。
余計なことはいっさいしゃべらない、という風であるが、一方腰の低い、礼儀正しい紳士である。
少なからぬスタッフの尊敬を集めている人だ。

Y氏は慇懃で明瞭な受け答えをしていたが、「ははあ」「ほほう」など相槌ばかりである。
話の接ぎ穂がないので、さすがX氏の話も盛り上がらない。
それ以来、X氏はすっかり他人とのコミュニケーションを断念してしまったようだ。

顔を上げた瞬間、私にもかすかな悲哀が萌したのかもしれない。
あまりにそっけない自分の態度が、急に嫌になったのだ。
私の目に微笑が宿っていたのだろう。

「ここいいですか」と向いに座ったX氏、すっかり話し込む体勢である。
開口一番「いつ死んでもいいのです」
という。
息子も娘も立身し、孫たちもすでに社会人という、X氏の一族は、他人から見ればうらやましいくらい順調な、問題のない家族である。
X氏自身も、夜学に通う一方、高卒の資格で一流の保険会社に入社、実力で出世した。
「私自身、成功者を自認していました」
という口調は、よくある手柄話などではなく、半ば自嘲気味の悔恨の情さえ伺われる。
営業マンだったX氏は転勤を重ね、その都度出世の階段を上って行ったのだろう。
二番手三番手に甘んじていたくなかった、という口ぶりは、静かであるが現役時代のモーレツぶりを想像させた。

ここにX氏の述懐を縷々書き連ねようとは思わない。
X氏からみれば若輩者の私にもいつか同じ話を、まるですり切れたレコードのようにリフレーンする日がやってくるかもしれないのだ。
X氏の悔恨は、いくらかは私のそれでもあるのだから。


※ ホームお隣に鎮座するお稲荷さんの祠 
  こちらのホームが建つまでは、一帯の山林の守護神だったのだろう


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2021.1.2

この記事へのコメント

遊歩
2021年01月03日 20:45
X氏は人生を精一杯生きてきたのでしょう。それを誰かに分かってほしいと思っているように、私は受け止めました。それぞれに人生がありますが、空さんの周辺の人々は、個性豊かではないかと推察します。ことしも味わいのあるブログを楽しみにしております。
2021年01月04日 11:18
遊歩さん、ありがとうございます。
X氏は、入居早々「ああ、ここが終の棲家か…。侘しいな~」と皆さんに聞こえるような声でため息をつきました。
高齢者が悩むのは「カネ」「健康」「孤独」の3Kに集約されるといいます。
個性豊かな分、日々何かしら問題が生じます。
社会的存在であり続ける限り、当然の事なので、受けて立つしかありませんね。
今年もどうぞよろしくお願いします。

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