失敗の本質

新型コロナウィルスに翻弄される今日、総力戦を戦った大東亜戦争という「失敗」から学ぶことは少なくないはずだ。
「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」を読みながら考える。
1984年に初版が刊行されて以来、驚異的なロングセラーを続けている書物だ。
どこかで小池百合子の座右の書として取り上げられていたことが記憶に残っている。
副題にあるように、太平洋戦争における各作戦の敗北の原因を分析している。
特に、国家、軍隊という大きな組織の、意思決定の過程を明らかにしようとしているのが特徴だ。
ビジネス書として、企業などの組織論としても読まれているようだ。
取り上げられている戦闘は、ノモンハン事件から、最近映画公開されたミッドウェー海戦、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄戦の6つである。
ノモンハン事件については、司馬遼太郎が構想していたが、ついに執筆せずに終わっている。
ミッドウェー海戦では、連合艦隊司令長官の山本五十六が敗因の責任は自分にあり、と明言しながら、敗北の責任追及や敗因分析はなされなかったようだ(Wikipedia)
ガダルカナル島の悲惨な陸戦、無謀なインパール作戦。
レイテについては大岡昇平が詳細な「レイテ戦記」を書いている。
戦争を体験したことのない戦後世代にとって、国力に大きな差のあるアメリカと戦争したこと自体が信じられないのだが、奇襲戦法をとることによって、有利な交渉条件を得ようとした軍首脳も、無条件降伏という大敗北を喫しようとは、当時だれも考えなかったのだろう。
司馬遼太郎がとうとうノモンハン事件について書かなかったのは、陸軍首脳の愚劣さに怒るあまりだった。
「レイテ戦記」も何よりも死者に対する鎮魂碑として書かれたのであった。
それ以外の理由では、筆が進むはずがない。
前途ある若い兵がむざむざと餓死・病死に追い込まれた一方、各作戦の敗北の責任をとらずに戦後のうのうと生きのびたトップたちがいた。
日本の戦後は確かにまやかしと言えるのだろう。
最高責任者であるはずの指導者が、かじ取りの失敗の責任をとらなかったから、その風潮が敗戦国国民の精神風土になってしまったのではないか、と感じる事件が今日も多々起きる。
本書では、作戦司令部の「兵站無視」「情報力軽視」「科学的思考方法軽視」が指摘され、硬直的・官僚的思考が戦略の柔軟性を阻んだという。
時に抽象的作戦が成功するのは、血のにじむような訓練の結果である戦闘技量が、戦場において粗雑な戦略をカバーして戦果をあげたからだという。
情報の共有、フィードバックは重視されず、面子や情緒的な精神論が重んじられた。
これは今日の職場でもよくみられることではなかろうか。
現場の一人一人は専門家として適性もあり十分なスキルを持ちながら、相互の連携がうまくいかず、組織としての力を発揮しえていない。
采配を揮う立場の責任は大きい。
山中伸弥がテレビインタビューに応えて語った言葉が、胸の奥深くに残っている。
個人としては責任ある態度をとれる人も、集団となれば無責任になりがちだ、と。
ips細胞という、暴走すれば危険な側面をもつ技術をコントロールしていかなくてはならない責任者ならではの言葉だった。
責任の所在があいまいになるのは、日常でもしばしば経験する。
特に本書で指摘されているのは、通信連絡の悪さが協同連係を阻んだということだ。
神経系の機能不全は、軍隊の統率・指揮の各段階で、判断の誤りを生み、責任逃れを許してしまう。
つづく
※ 失敗の本質 日本軍の組織論的研究
戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎 著
中公文庫(’91.8)

’20.11.25
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