岡本綺堂随筆集

江戸時代にインフルエンザが流行した時、「お染かぜ」と呼んだことがあった。
感染を防ぐ意味で、戸口に「久松留守」と書いた貼り紙をしたそうだ。
ワクチンも有効な治療薬もない時代、江戸人のしゃれ心だろうか、その余裕?に感心させられる。
「お染久松」は実際にあった心中事件で、歌舞伎や浄瑠璃の演目となっている。
江戸時代には今日よりずっと、死が間近に身近にあったのは確かである。
そして、江戸人は諦めるということが、私たちよりはるかに上手だったような気がする。
コロナ禍の今、人々の心から余裕が失われ、民族対立や攻撃的な態度が露わになっているのは悲しむべきことだ。
昨夜のNスペ「揺れるアメリカ 分断の行方」を観た。
ある日、それまで仲良く暮らしていた隣人が牙をむく。
すでに十分過ぎるほど、歴史から学んでいるはずなのに、半世紀も過ぎると、教訓を忘れ、同じことを繰り返そうとするのだろうか。
岡本綺堂随筆集を読んだ。
明治を生きた劇作家の筆には江戸の残り香が漂う。
「半七捕物帖」や「修善寺物語」で知られる綺堂は、少年のころから芝居狂だった。
当時の芝居は朝8時に開演、翌月の興行のチケットが割引になるというので、岡本少年は朝4時の暗いうちに家を出ている。
映画もなかった時代である。
芝居や寄席が最高の娯楽だったのだろう。
初代 三遊亭圓朝の話芸を伝える綺堂の文章を読むと、圓朝がたぐいまれな名人であったにしても、私たちが失った遺産の大きさが推し量られるのである。
つまり江戸人の心の細やかさである。
綺堂が好きな花は、向日葵、薄、紫苑、百日草、へちま、鶏頭…
何の変哲もない花に雅味や俳味を覚える感性が懐かしい…
※ 岡本綺堂随筆集 岩波文庫(’07.10)
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