石井妙子著「日本の血脈」を読んで

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「女帝小池百合子」が昨今話題を呼んだ著者の石井妙子。
銀座のバーのマダムの半生を描いた「おそめ」も、接待の極意について考えさせる、興味深い好著だった。
他に「原節子の真実」などの著書がある。

絵画も、風景より人物の描写の方がはるかに難しい。
人を描く面白さは、調べ尽してなお謎が残るその余韻にあるのかもしれない。
最初から傑出した個人がいるわけではない。
父母がいて祖父母があり、曽祖父、曾祖母と、何代にもわたって連綿と引き継がれた血脈に対して、私たちは漠然と、畏怖の念を抱いているような気がする。
有名無名を問わず、家の歴史は面白い。
個人主義が当たり前になり、ヒトゲノムが解明されると、すべて科学的に説明がつくような錯覚に陥りがちな今日でさえ…

本書は日本の、知らぬ人とてない有名人10人をとりあげ、そのファミリー・ヒストリーを紹介したものだ。
ミーハー的興味に引きずられて読んだ本にしては、重い手応えがあった。

話題の人、時代を象徴する人物にターゲットを絞って、その数世代前の先祖に遡り、一族の系譜に流れる「意志」のような「家訓」とでも呼ぶべき、或いは「業」ともいえる情念をえぐり出す。
ノンフィクション作家・佐野眞一に「誰も書けなかった石原慎太郎」という著作がある。
取材に協力的だった石原慎太郎と、途中から決別してしまうエピソードは、同時代を生きる人物を描く困難さを想像させた。
評論の分野でも、平野謙が完膚なきまでに暴き立てた「島崎藤村」
川端康成など、作家もあそこまで書かれてはたまらない、と慨嘆していた。
ましてや現役の人物、権力者、皇室などを描く時、ノンフィクション作家にも多少の忖度が脳裏を過らないはずがない。

ジャーナリズムに果敢な調査報道を求めるのと同じように
ノンフィクションにも徹底した調査と、勇気ある記述を望む。
描かれる人は、それだけのパワーを秘めた存在なのだから、有名税と思って諦めて欲しい。
きれいごとも俗なる事象も、そっくりまるごと知りたいと思う。

著者があとがきで述べているように、家系や出自は非常にデリケートな問題を含んでいる。
それを敢えて書くからには、それ相応の理由がなければならないだろう。
ある系譜の処世が、おのずから日本の近代化をあぶり出すことになった。


※ 日本の血脈  石井妙子 著  文春文庫(’13.6)

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