母語という第二の自然 「日本語の教室」を読んで

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日本人でよかったと思うことのひとつに、日本語が母語だというのがある。
千年以上も昔の源氏物語が、注釈と辞書さえあれば何とか読める。
「日本語の教室」の大野晋によれば、日本語はあまり変化を蒙っていない言語だという。
(本書に述べられている、日本語とタミル語の近似性は興味深い)

明治維新後、洋学を取り入れるにあたり、加藤弘之、西周、中江兆民、福沢諭吉等が、外国語をことごとく漢字二字に置き換えることによって、日本語に翻訳してくれた。
(日本の言葉の半分は漢語だといわれる由縁だ)
私が学んだ大学でも外国語で授業が行われることはなかった。
外国の文化をすべて翻訳して、自家薬籠中のものにしてしまう。
その点、中華思想の中国は、外国語を音訳したために近代化が遅れた、というのが内田樹の意見である(「サル化する世界」)

また母語でなければ、新語・新概念というイノベーションは生まれないという。
外国で講義した江藤淳にしても、英語による創作を試みた村上春樹なども、同じ結論に達している。
現実を創り出すのは、それを語る言語(母語)である。
漢籍に通じていた紫式部は、漢語の語彙の豊富さを目の当たりにして、心理や状態を分節化して造語した。
漢語をそのまま取り込むのではなく、日本語のなかから新たな言葉を作っている。
まさにイノベーションだ。
大野晋は、日本語はロジックに弱く、情意を表す語彙に富んでいるという。
まさに源氏物語のことだ。
日本人のすべての感情が源氏物語に表現されているともいわれる。
また和文だけの世界に安住せず、漢語を入れて豊富になった日本語の土壌で、外国語を学ぶことのメリットを述べている。

漢字を習得するために費やすエネルギーを倹約し、漢字を放棄したヴェトナムや簡体字を使う中国は、かけがえのない世界を失ったのだと思う。
習得に使った労力は、読む時に報われることを、私たちは知っている。


※ 日本語の教室  大野晋 著  岩波新書(’02.9)



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東北ことば  読売新聞地方部  中公新書(’02.4)
標準語だけでなく、方言で会話する世界を持っているバイリンガルが羨ましい

この記事へのコメント

ワトソン
2020年08月12日 22:03
数万ある漢字が識字率の向上を妨げ、その対策として、簡体字を作ったのでしょうが、それでもなお漢字を知らない人(若者?)は、メールに同音のアラビヤ数字やアルファベットを使うと聞いたことがあります。繁体字の台湾はどうなのでしょうか?
漢字を表音文字にしてしまった万葉仮名、さらに、かな、カナの発明、さらに漢字を捨てず、かなと漢字混在の表記を完成させた功績は絶大です。
それができず、漢字を捨てた朝鮮は、漢字を捨てたことを悔いているようです。
2020年08月13日 15:14
ワトソンさん、ありがとうございます。
言葉は生きもので、それを表記する文字、特に漢字は文化そのものです。
ひとつの文字に集積された情報量の多さは驚くべきものです。
音も漢音・呉音を取り入れて、習得に苦労するとしても、やがてそれが日本人の生理として多様に機能していきます。
教養が一部の特権階級だけのものとならず、広く民主主義の基礎をなしています。
未だに簡体字で表記された駅名を見ると目をそむけたくなります。
効率優先の文化は、歴史を捨て去り、潤いを欠きます。

>ワトソンさん
>
>数万ある漢字が識字率の向上を妨げ、その対策として、簡体字を作ったのでしょうが、それでもなお漢字を知らない人(若者?)は、メールに同音のアラビヤ数字やアルファベットを使うと聞いたことがあります。繁体字の台湾はどうなのでしょうか?
>漢字を表音文字にしてしまった万葉仮名、さらに、かな、カナの発明、さらに漢字を捨てず、かなと漢字混在の表記を完成させた功績は絶大です。
>それができず、漢字を捨てた朝鮮は、漢字を捨てたことを悔いているようです。
ワトソン
2020年08月14日 21:11
明治に外国語(主に英語でしょう)を翻訳する必要から、数万の熟語を作ったとのこと。極論と思いますが、漢字二文字の熟語はほどんどそうだとも言います。社会、科学、政治、家庭、思想、宗教などなど。ベースボールにのめりこんだ正岡子規は、野球、投手、捕手、打者、走者などを作ったようです。
それに引き換え、現在は、「クラスター」等々そのまま拝借です。「コンプレックス」が「劣等感」の意味になったのは、いつからでしょうか?コンプレックスに劣等の意味はありません。辺境ですね。英語もそうですが。
2020年09月10日 17:44
ワトソンさん、ありがとうございます。
ナイターとかバリアフリーなど和製英語も時々見かけますね。
反面、外国映画は吹き替えでなく字幕スーパーで観るのが主流。
日本独特の文化だと思います。

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