「風の影」 書物というラビリンス

画像画像風の影 カルロス・ルイス・サフォン著









主人公の少年ダニエルはある日古書店を経営する父親に連れられて
「忘れられた本の墓場」で一冊の本を発見する。
小説のタイトルは「風の影」 作家の名はフリアン・カラックス。
ほとんど無名の作家であるにもかかわらず、残された数少ない書物をこの世から抹殺しようとする謎の人物がいる・・・。

スペイン内戦前後のバルセロナを舞台に繰り広げられるメタノベルの体裁をとったミステリーだ。

のっけから「忘れられた本の墓場」とは。
濃厚なゴシックロマンの香りに心躍る。
小説自体がメタノベルという入れ子の構造をとった迷宮であるが
膨大な本の眠る図書館こそ迷宮ではないか。
カラックスとペネロペの失われた恋をなぞるように、ダニエルはベアトリスに恋をする。

カラックスという謎の小説家を追うミステリー仕立ても、結局、書物への愛を延々と語るための方便に過ぎないのではないか。
命は短く、小説の可能性は一個の人間のそれをはるかに越えているように思われる。

古めかしいモノクロ映画を観ているような・・・
例えて映画で言えば、「第三の男」の謎と、光と影の映像美に似た味わいのある小説だ。
登場人物の造形が演劇的で、特に古書店の従業員であるフェルミンの台詞が泣かせる。
辛辣な皮肉、ユーモアに満ちた人生訓。

インセスト・タブーの侵犯、親による子殺し、男色、種の退廃、サディズム、弱さへの嫌悪、孤独と死と恐怖・・・etc.
ヨーロッパが培った?悪徳の影を、フェルミンの楽天的な快楽主義が救ってくれる。

この本の中に
言葉より残酷な牢獄がある
という一節があったと思う。
確かに、人は多かれ少なかれ、思い出という牢獄、家族という牢獄、階級という牢獄の囚われ人なのだ。
しかし、本当に残酷な牢獄は自分という牢獄ではないだろうか。
読書という孤独な行為・・・。
その喜びは、合わせ鏡の中に無数の自己を発見することにあるのかもしれない。

このメタノベルの最終章で
古書店の主人となったダニエルが同じようなことを呟いている。
・・・ぼくらが本の中に見つけるのは、すでにぼくらの内部にあるものでしかない・・・と。

不在と喪失の物語の中で
小さな古書店の明かりは「安らぎと影の大洋に漂流する小船」
唯一の希望のようでもある。

この記事へのコメント

honyomi
2006年11月16日 11:08
実に面白い本でしたね。
夢中になって読みました。
2006年11月20日 10:36
honyomiさんコメントありがとうございます。
レトロで古色を帯びた、懐かしくなるような本でした。

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